冬の散歩 2024.1.29

年のはじまりは京都にいた。

約3週間の滞在だったが、ほとんどの時間を実家周辺のエリアで過ごした。
息子をベビーカーに乗せて毎日本当によく歩いたし、それが本当に心地よかった。
とにかくよく歩いていて身体を動かすと、気持ちも頭もクリアになる感覚があったので、新年早々今年の目標のひとつに「身体をよく動かす」と決めた。

岩手では、移動手段のほとんどが車。
広大な土地故に目的地に到着するまでの時間がかなりかかる。
だから、季節によって変化する大自然が広がっているにも関わらず、歩いてまちを移動する機会は滅多に無い。
それに、冬は雪が降り積もるから散歩どころではない。

でも、今年の私は「身体を動かす」ことを目標にしているから、京都から戻った寒い日に、息子をベビーカーに乗せて家の周辺を歩いてみることにした。
家の周辺といっても、家を出てすぐにある田んぼに挟まれた1本道。
15〜20分くらい歩かないと次の交差点にたどり着けない。
ただひたすらまっすぐ歩くコース。途中でどこか寄れる場所も特にない。

それでも、地面に雪がなく太陽が出ていることを良いことに意気揚々と出かけた。
ようやく交差点に到着しそうな時、息子がポツリと「さむい。」と呟いた。
今まで京都でベビーカーに乗っている時は、寒いかと思って掛けた膝掛けを必ず「いらん!(はっきり関西弁)」と言って跳ね除けていたけれど、ここは岩手。
よほど寒かったようで、私が巻いていたマフラーを膝に掛けると嫌がらなかった。
歩いているとどんどん天候が変わってしまい、さっきまで出ていた太陽は雲に隠れ、遮るものがない広大な田んぼから吹く強風とともに雪が舞ってきた。
風で息子にかけたマフラーが飛んでいきそうになるのを気にしつつ、必死に早足で引き返した。
そんななかでも息子は、冷たい風を顔に浴びながらベビーカーに揺られて寝た。

なんとか無事に家にたどり着き、寝ている息子を起こさないように布団まで運んだ。
ふぅ。と息が漏れた。

岩手で暮らしていると、散歩をしなくなるのはこういうことか。妙に納得した。
でも、気付かないうちに自分の思いとは反した動きかたを繰り返す暮らしかたよりも、自分の意思をもって暮らし方を作っていきたい。
もちろん、この土地で生きるための効率のよい暮らしかたはあるし、それも必要だと思う。
身体や心が求めていることに耳を澄ませながら、自分なりに工夫していくと案外とても良い暮らしができるのではないかと思った。

寒いなか散歩に付き合ってくれた息子には申し訳なかったな。
でも、また私は冷たい風が吹く日に散歩に出掛けるんだと思う。